今日は、私自身が学んでいる労働法の視点と、大学院で研究に励む息子の母としての視点から、どうしても見過ごせない問題について書きたいと思います。
ノーベル賞受賞者である山中伸弥教授が「日本の科学技術は地に落ちてしまう」と強い懸念を示した、大学研究者の「雇止め」問題です。毎日新聞
息子の同僚や先輩たちかもしれない、日本の未来を担うはずの若者たちが、なぜ研究を続けられなくなるような事態に陥っているのでしょうか。
そもそも、なぜ「10年」で雇止めが起きるのか?
この問題の根源には、2013年に改正された「労働契約法」があります。この法律には、本来、有期雇用の労働者を守るための「無期転換ルール」というものが定められました。
これは、「同じ職場で有期雇用契約が更新を重ねて通算5年を超えた場合、労働者が希望すれば、無期雇用(定年までの雇用)に転換しなければならない」というものです。不安定な働き方をなくすための、素晴らしいルールのはずでした。
しかし、大学や研究機関で働く研究者などには特例が設けられ、この期間が「5年」ではなく「10年」とされました。
そして、法律が施行された2013年から10年が経過した2023年春、問題が表面化します。
多くの大学が、研究者を「無期雇用」にする経済的な負担を避けるため、無期転換の権利が発生する10年を迎える直前に、契約を更新しない、いわゆる「雇止め」を行うケースが続出したのです。
労働者を守るはずの法律が、皮肉にも、経験を積んだ優秀な研究者が職を失う引き金になってしまった。これが、今起きていることの構図です。
このままでは、何が問題になるのか?
山中教授が警告するように、この問題がもたらす損失は計り知れません。
1. 研究の継続性が断たれる
最先端の科学研究は、数年単位で成果が出るものばかりではありません。10年、20年と続く地道な探求の先に、大きな発見があります。経験を積んだ研究者が10年で職を失えば、貴重な研究が中断し、積み上げてきた知見が失われてしまいます。
2. 若手研究者の「頭脳流出」と意欲の低下
息子のような若い世代が、日本の大学に未来を描けなくなるのは当然です。「10年後にはクビになるかもしれない」という不安の中で、誰が安心して研究に打ち込めるでしょうか。より安定したポストを求め、優秀な人材が海外へ流出するのは避けられません。また、そもそも研究者の道を志す若者自体が減ってしまうかもしれません。
3. 日本の国際競争力の低下
AI、医療、環境問題など、科学技術の力が国力を左右する時代です。その土台である基礎研究が痩せ細ってしまえば、日本の国際的な地位や経済力が低下するのは火を見るより明らかです。これは、大学だけの問題ではなく、私たち国民一人ひとりの生活にも関わる、日本の未来そのものの問題なのです。
今後、どうしていくべきなのか?
この複雑な問題を解決するには、一つの特効薬はありません。
しかし、いくつかの方向性が考えられます。
まず、国が大学の運営基盤となる交付金などを増やし、大学が長期的な見通しで研究者を雇用できるような、安定した財源を確保することが不可欠です。
次に、大学自身も、任期付きではあっても、より長期で安定したポストを創設するなど、研究者がキャリアパスを描きやすい、多様で柔軟な雇用制度を設計していく必要があります。
そして何より、私たち国民がこの問題に関心を持つことです。
「研究者という特殊な世界の話」ではなく、「未来への投資」という視点で、この問題を社会全体で議論し、支えていく空気を醸成することが大切だと感じます。
法律を学んでいると、その条文が現実の社会でどのように作用し、時には意図せぬ結果を生むことがあるのかを痛感します。今回の問題も、まさにその一例です。
息子の世代が、安心して研究に打ち込み、その能力を最大限に発揮できる。
そんな日本であってほしいと、一人の母として、そして社会の一員として、心から願っています。
この問題の行方を、これからも注意深く見守り、考え続けていきたいと思います。


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