言葉がなければ思考できない?

『 ルポ 誰が国語力を殺すのか 』(文春文庫)の一部抜粋の中に、『ごんぎつね』の読めない小学生たちという記事がありました。

都内のある公立小学校から講演会に招かれた時のことだ。校長先生が学校の空気を感じてほしいと国語の授業見学をさせてくれた。小学4年生の教室の後方から授業を見ていたところ、生徒の間に耳を疑うような発言が飛び交いだした。 「この話の場面は、死んだお母さんをお鍋に入れて消毒しているところだと思います」 「私たちの班の意見は違います。もう死んでいるお母さんを消毒しても意味ないです。それより、昔はお墓がなかったので、死んだ人は燃やす代わりにお湯で煮て骨にしていたんだと思います」

えっ、どういうこと?
これ本当のことなの?
と不思議に思い、調べてみることにしました。

思考には「語彙」が必要

調べていく中で出会ったのが、言語学者・今井むつみ先生の記事です。

今井先生はこう語っています。

言葉はコミュニケーションを取るだけのものでなく、私たちが何かを考えるための基礎となるツールであり、「言葉の力」を育むことがさまざまな概念の理解、さらには「思考力」や「問題解決能力」につながります。語彙力がなければ、思考は深まらない。語彙があることで、より細かく、正確に、自分の感情や状況を整理し、他者と共有することができるのです。

つまり、ことばは思考の道具
語彙が増えるほど、私たちの思考の幅や深さも広がっていくというのです。


感情に名前がないと、どうなる?

「怒り」「孤独」「不安」「やるせなさ」——これらの言葉を知っているからこそ、自分の気持ちを説明したり、誰かに相談したりできます。

しかし、語彙がなければどうなるでしょうか?

言葉にならない感情は、ただ心の中に積み重なり、やがて爆発するか、無力感のまま麻痺していく。


「闇バイト」の若者たちが語ったこと

以前NHKのクローズアップ現代で、「闇バイト」に手を染めた若者たちのことをやっていました。
そこには、罪を犯しても何も感じない、という若者たちが映しだされていました。

「自分の感情に名前がつけられなかった」
「言葉にできなかったから、誰にも話せなかった」

ことばがなければ、自分の感情にすら気づけない。
つまり、「ことばを持つこと」は、自分を理解する力、そして他者とつながる力でもあるのです。


教育に求められる「ことばの力」

現代社会においては、情報のやり取りや他者との関係づくりがますます複雑になっています。そんな中で求められるのが、「ことばと思考力」の結びつきです。

文部科学省は、これからの時代に必要な国語力として、「分析する力」「論理的に考える力」「自分の考えを表現する力」を柱に据えています。

つまり、言葉を正確に理解し、自分の頭で考え、相手に伝える力が、より良く生きるための土台だと捉えているのです。

  • ことばを知れば、思考が深まる
  • 思考が深まれば、自分を守れる
  • 自分を守れれば、他者ともつながれる

そんな循環を作っていくことが、これからの教育には必要だと強く感じます。


まとめ:大人こそ、ことばを育てよう

ことばと思考力は、切っても切り離せない関係にあります。
そして、語彙力は年齢を問わず育てていけるものです。

私たち大人も、日々の暮らしの中で言葉を大切にし、自分自身の思考を言語化していくことで、心の健康や人とのつながりを豊かにしていけるのではないでしょうか。

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